概要と沿革

本校の概要と沿革です

1、名称

鳥栖三養基医師会立看護高等専修学校

2、所在地

〒841-0062 鳥栖市幸津町1923番地

3、沿革

昭和44年4月 佐賀県准看護婦学校養成所指定
昭和44年4月 三養基鳥栖地区医師会附属准看護学院の設立許可
昭和44年4月 第1回三養基鳥栖地区医師会附属准看護学院入学式を挙行
初代学院長 大島勇
昭和45年4月 第2代学院長 古賀 良人
昭和45年11月 三養基鳥栖地区医師会附属准看護学院歌の発表
昭和52年2月 三養基鳥栖地区医師会立看護高等専修学校の認可
昭和53年4月 第3代学校長 橋本 正
昭和54年7月 創立10周年記念式典
昭和61年6月 学校長 橋本 正先生ご逝去
昭和61年6月 第4代学校長 原 八郎
昭和62年6月 地区医師会の名称変更に伴い
鳥栖三養基医師会立看護高等専修学校と改称
平成元年11月 創立20周年記念式典
平成 8年2月 鳥栖三養基医師会立看護高等専修学校新築工事竣工
平成 8年3月 学校落成記念式典
平成 8年4月 第5代学校長 松岡 正二
平成11年11月 創立30周年記念式典
平成 18年2月 新講堂落成記念式典
平成18年4月 第6代学校長 前山 豊明
平成22年4月

平成22年4月

        
4.発 足     昭和43年11月25日、社団法人三養基鳥栖地区医師会(会長 大島勇)によって、
准看護学院指定申請書が提出され、同年12月14日保健婦助産婦看護婦法第22条
第2号による准看護婦養成所の指定を受け、更に昭和44年4月1日にて学校教育法
第9条の規定による各種学校となる。

昭和50年、学校教育法の一部改正に伴い、専修学校法の規定に準拠し内容整備
の上、更に看護職能教育の充実を図る目的として、昭和52年2月1日に三養基鳥栖
地区医師会立看護高等専修学校の認可を受ける。

その後、昭和62年6月25日地区医師会の名称変更に伴い、学校名を鳥栖三養基
医師会立看護高等専修学校と改称した。25年を経過して校舎も老朽化し看護技術の
高度化や複雑化及び教育施設、教材教具の充実した学校建設が検討され、平成8年
2月待望の新校舎が完成し今日に至る。
5.現 況     鳥栖市の西南、朝日山を仰ぎ緑の木々に囲まれた真新しい校舎は内容も設備も
充実し、学校環境も大変恵まれている。

創立以来、准看護学院卒業7回、専修学校卒業30回、通算37回の卒業生1650名
(男子190名)送り、地域保健医療と社会福祉の発展向上に貢献している。

殊に近年、男子生徒の入学志願者が増加し、生徒数の約1/3を占めている。

4.発 足

昭和43年11月25日、社団法人三養基鳥栖地区医師会(会長 大島勇)によって、
准看護学院指定申請書が提出され、同年12月14日保健婦助産婦看護婦法第22条
第2号による准看護婦養成所の指定を受け、更に昭和44年4月1日にて学校教育法
第9条の規定による各種学校となる。

昭和50年、学校教育法の一部改正に伴い、専修学校法の規定に準拠し内容整備
の上、更に看護職能教育の充実を図る目的として、昭和52年2月1日に三養基鳥栖
地区医師会立看護高等専修学校の認可を受ける。

その後、昭和62年6月25日地区医師会の名称変更に伴い、学校名を鳥栖三養基
医師会立看護高等専修学校と改称した。25年を経過して校舎も老朽化し看護技術の
高度化や複雑化及び教育施設、教材教具の充実した学校建設が検討され、平成8年
2月待望の新校舎が完成し今日に至る。
5.現 況     鳥栖市の西南、朝日山を仰ぎ緑の木々に囲まれた真新しい校舎は内容も設備も
充実し、学校環境も大変恵まれている。

創立以来、准看護学院卒業7回、専修学校卒業30回、通算37回の卒業生1650名
(男子190名)送り、地域保健医療と社会福祉の発展向上に貢献している。

殊に近年、男子生徒の入学志願者が増加し、生徒数の約1/3を占めている。

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